ベアドッグとは?北海道と長野のクマ対策に学ぶ共存の方法と自治体支援

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ベアドッグでクマと共存へ

近年、日本各地でクマの出没が増加し、住宅地や観光地での目撃情報が後を絶ちません。

こうした状況において、人とクマが安全に共存できる環境づくりが求められる中、注目されているのが「ベアドッグ」という特別な訓練を受けた犬たちの存在です。

北海道の遠軽町や長野県軽井沢町では、ベアドッグを活用したユニークで持続可能なクマ対策が着実に成果を上げています。

本記事では、ベアドッグの基本的な役割や各地域での具体的な取り組み、そして今後求められる行政支援のあり方について解説していきます。

ベアドッグとは?

ベアドッグ(Bear Dog)とは、クマの存在を察知し、適切に追い払う能力を持つように特別な訓練を受けた犬のことを指します。

これは単に特定の犬種を意味するのではなく、クマ対策を目的として選ばれ、訓練を受けた犬全体を指す広義の言葉です。

ベアドッグには以下のような重要な役割があります

  • 感知センサー:優れた嗅覚や聴覚によってクマの気配をいち早く察知し、人間に危険を知らせる。
  • ガードドッグ:現場で活動する研究者や専門家の安全を守る役目を果たします。
  • ヒグマの教育係:吠える、威嚇するなどの行動を通じて、クマに「人間は怖い存在だ」という学習を促します。
  • ゾーン・マーキング:尿や糞を使って自分の縄張りを示し、クマに「ここには敵がいる」と伝える役割を果たします。

このように、ベアドッグはただの番犬ではなく、科学的根拠に基づいた多機能な存在として、クマとの距離感を調整し、トラブルを未然に防ぐ「自然との仲介役」として注目を集めています。

北海道での取り組み:羆塾の活動

北海道遠軽町丸瀬布では、「羆塾(ひぐまじゅく)」というヒグマと人間の共存を目指す民間団体が、2005年からベアドッグを活用した独自の取り組みを行っています。

この団体は、2009年に本格的にベアドッグを導入し、ジャーマン・シェパード・ドッグをベースに改良された「マグナム・シェパード・ベアドッグ(MSBD)」を使用しています。

MSBDは、運動能力・知能・嗅覚・聴覚すべてにおいて高い性能を持ち、厳しい環境下でも高い判断力を発揮します。

また、警察犬や軍用犬と同様の水準で訓練が行われており、社会性や協調性も兼ね備えているため、人間との共同作業が非常にスムーズです。

羆塾では、「ヒグマコントロール」という独自の手法を展開しており、問題が起きてから対処するのではなく、クマが人間を怖がるよう「予防的に教育する」ことを目的としています。

この手法により、この団体が活動するエリアではヒグマの目撃が激減し、2022年には観光シーズン中にもかかわらず目撃情報がゼロとなる成果を上げました。

長野県軽井沢での取り組み:NPO法人ピッキオ

長野県軽井沢町では、自然との共存をテーマに活動するNPO法人ピッキオが、2004年にアメリカの「Wind River Bear Institute」からベアドッグを導入しました。

ピッキオが採用しているのは「カレリアン・ベアドッグ」という犬種で、ロシアとフィンランドの国境地帯原産の古来からクマ猟に使われていた犬です。

このカレリアン・ベアドッグは、勇敢さと優れた追跡能力を併せ持っており、クマに対して強い存在感を示すことができます。

ピッキオの活動では、ベアドッグがクマを住宅地から遠ざけたり、出没経路を特定して再発防止策に役立てたりと、多岐にわたる任務をこなしています。

さらに、ベアドッグは出張講座などを通じて住民との接点を持ち、子どもたちや観光客にクマとの共存の大切さを伝える「親善大使」としての役割も果たしています。

その結果、かつて年間100件以上もあった軽井沢町のクマ被害は、大幅に減少しています。

ベアドッグによるクマ対策の利点と課題

ベアドッグを導入する取り組みが各地で広がる中で、その実際のメリットと直面する課題を客観的に整理しておくことはとても大切です。

ここでは、これまでに明らかとなっているベアドッグ活用の利点と、今後の普及・発展に向けた課題についてまとめてみます。

ベアドッグを活用する利点

  • クマを傷つけることなく、共存を実現できる「非殺傷的」な対策であり、自然との調和を重視する社会の理想に近づくための具体的な手段となります。
  • クマに対して「人間は近づいてはいけない存在だ」と学ばせることができるため、長期的かつ持続的な効果が期待されます。
    これは、一度学習したクマが再び人間の生活圏に近づくリスクを大きく減らすことに繋がります。
  • 単にクマを追い払うのではなく、クマの出没傾向や行動パターンを把握することによって、トラブルが起こる前に手を打つことが可能となる「予防型」の対策が実現します。
  • 人間とクマの距離を適切に保つことで、クマの市街地出没による混乱や、人とクマが偶発的に接触するリスクを大幅に減らすことができ、結果として人身事故や不必要な駆除を防ぐことにも繋がります。
  • さらに、地域住民がベアドッグの活動を目にすることで、「クマと共存する」という考え方が自然と地域に根付き、共生社会への理解と協力を広げる効果も期待されます。

現時点での課題

  • ベアドッグとそれを扱うハンドラーの育成には、非常に高い専門性と長期間にわたる継続的な訓練が必要です。
    そのため、一定の技術水準を維持するには、専門的な教育機関や認定制度の整備が強く求められています。
  • ベアドッグの飼育や訓練には相応のコストがかかり、エサ代、医療費、トレーニング機材、施設の維持費などを含めると、年間を通して相当な経済的負担となります。
    これを持続可能なものにするためには、安定した資金調達の仕組みや助成制度の確立が不可欠です。
  • 特に地方部や小規模な地域においては、行政からの十分な支援が得られず、活動が民間団体や個人の善意によって支えられているケースが少なくありません。
    このような状況では、活動の安定性や広域的な展開に限界が生じやすいのが実情です。
  • ベアドッグによる対策の成果を、科学的な根拠に基づいて客観的に示すための研究やデータの収集・分析がまだ不十分です。
    効果を「見える化」するための評価指標やモニタリング体制の整備が遅れているため、行政や他地域の理解・協力を得るうえでの障壁となっています。
  • 加えて、一般社会における認知度の低さや誤解も無視できません。
    「クマを追い回す犬」といった表面的なイメージが広がってしまうと、活動の本質や意義が正しく伝わらず、地域住民の支持や協力が得にくくなる可能性があります。
    今後は、啓発活動やメディアとの連携を通じて、ベアドッグの真の役割を広く理解してもらうための取り組みも重要な課題となっていくでしょう。

地方自治体の支援の可能性と展望

軽井沢町のように、ベアドッグ活動を正式な事業として自治体が委託する形で支援することは、活動の安定化と長期的な継続につながります。

ピッキオでは2000年から町の委託を受け、行政・住民・専門家が一体となってクマ対策を推進してきました。

一方、北海道の羆塾のように、行政からの支援がなく個人で運営を続けている例もあります。
こうした活動を持続させるためには、自治体レベルでの財政支援や制度設計が必要不可欠です。

地方自治体が支援できる方法は多岐にわたります。

単なる資金援助にとどまらず、持続可能なベアドッグ活動の基盤をつくるためには、さまざまな側面からの総合的な支援が求められます。

  • 財政支援:ベアドッグの訓練や飼育にかかる費用、ならびに専用施設の整備や維持に必要な費用を補助する制度を導入することで、活動の持続可能性を高めることができます。
    また、継続的な委託契約を通じて、事業として安定運営を図る仕組みも重要です。
  • 人材育成:ベアドッグの訓練士(ハンドラー)を育成するための研修会や認定資格制度を設けることで、人材の確保と技術の標準化を図ることができます。
    さらに、獣医師や動物行動学の専門家など、多職種と連携した人材育成プログラムの導入も検討されるべきです。
  • 技術・情報提供:自治体が持つクマの出没履歴や行動パターンのデータを共有することで、ベアドッグの効果的な活用が可能になります。
    さらに、GPSやセンサーなどのテクノロジーを用いたリアルタイム監視との連携も期待されています。
  • 啓発活動:学校教育との連携による環境教育や、地域住民向けのセミナー・ワークショップの開催を通じて、ベアドッグやクマとの共存に関する正しい知識を広めることが重要です。
    これにより、地域全体の意識向上と協力体制の構築が進みます。
  • 広域連携:クマの生息域は自治体の境界を超えるため、複数の自治体が連携して支援を行う「広域ネットワーク型」の仕組みも有効です。
    たとえば、共通の訓練施設や連携マニュアルの作成、広域出没情報の共有などが挙げられます。

まとめ

ベアドッグは、クマを排除するのではなく「学ばせて避けさせる」という、人と自然との共生を目指す新しいアプローチです。

北海道の羆塾や長野県軽井沢町のピッキオのように、民間・NPOが中心となって地域に根ざした取り組みを行う中で、その有効性が具体的な成果として現れています。

しかし、これらの取り組みがより広く定着していくためには、自治体や行政による積極的な支援が不可欠です。
財政面のサポートに加えて、人材の確保と育成、そして地域住民の理解を得るための教育・啓発も欠かせません。

クマとの共存を真剣に考える今、ベアドッグはその最前線に立つ存在です。
共に暮らす知恵と工夫を重ねながら、人と野生動物が互いに安全で平和に生きていける未来を目指して、今後も多くの地域でその役割が広がっていくことが期待されます。

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